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Posted by おてもやん

2009年04月23日

シンポジウムの感想②

L.A.M.Fです。みなさん前回はコメントありがとうございました。中島先生の報告でもありましたが、まだまだ菊池恵風園、そしてハンセン病そのものに対する認知が一般的に周知されていないという調査結果があきらかになった以上は、啓発が重要な意味をもつということはもっともなことだと思います。

ただ、一方で思ってしまうのは、ナカさんをはじめ多くの元患者のみなさんが、外に出て一生懸命伝えようとされているのに、それを受け取る側の在り方はどうなのだろうということです。

いまや、かつてのようなハンセン病への冷酷な偏見を不変のものとして、いまだに信じこんでいるような人は、おそらく少数派ではないでしょうか。そうすると、大部分の人々が程度の差はあれど、従来の偏見は誤りだったということが、知識としてあることになります。

しかし、前回から繰り返すことになりますが、これまでの偏見が不当であったとわかっていながら、良心的な負い目を感じつつも、感情として受け入れられない人たちが少なくない一方で、同じようにわかっていても、ハンセン病にたいする差別そのものは正当であって、特殊性を劣等とみなし、下層に引き下ろそうとするような陰湿な磁力の働く精神的な土壌が、潜在的ではあるものの、それでも確実にこの国には存在するように思うのです。

これについては僕なんかより、実際に苛烈な差別、偏見にさらされてこられた当事者の方が、身にしみてお分かりのことと思いますが、むしろこの場合、差別する側にとっては、差別という言葉はふさわしくないのかもしれません。なぜなら、少なくとも江戸時代までは、公的な意味において差別は道徳と同義だったからです。分際をわきまえるという鉄の規範がいっとう重んじられ、あの冷厳な封建秩序における序列構造の中枢として機能してきました。

そういえば、宿泊拒否事件のとき誹謗中傷の手紙の中には、道理を説くような調子で、ハンセン病元患者の無権利を諭すというようなものがあったと聞いたことがあります。この背景に因習的な身分秩序の規範意識が関わっていると短絡しても、まったくの見当違いというわけでもないのでは?そのように考えてしまうのですが、どうなんでしょう。

 いずれにしても、あえて僕が留意したいのは、偏見というのは明確な悪意のもとに生じるものではないということなのです。前述の因習的な道徳観念に依拠し差別を肯定するのはもちろんのこと、いくら良心に負い目を感じ根が善良であっても、現にとらわれている状態に安住するのみでは、決してその向こう側に跳躍することはできない。結局は差別による抑圧が持続されていく状況を追認するだけだと思うのです。

 ですから何も知らない、あるいは無関心に対しては、知ろうとする契機になりうる可能性があるという意味においては、啓発の意義を十二分に理解しています。しかし、知識としてそこにあるだけでは、そこからどこに向かうかという問題意識は生まれない。たえず主体性を問い直し既存の価値を更新していく過程においてこそ、差別、偏見を克服する新たな視界が開けてくるのだと思います。

 しかしながら、そういうある種、自己を否定し、新たな価値を再構築していくという行いは、実践するには相当な困難を伴うものであると思わざるをえません。というのも、人間は惰性に流されやすいし、実際は僕自身その例に漏れないということを自覚せずにはいられないからです。

 こんな自分に何が言えるのか。世間にはびこる無知、アパシーをどうとか論ずる資格はないのかもしれません。それでもあえて次のことにふれさせてください。

 以前、水俣市の生活実態調査の一環で、水俣病に対する水俣市民の聞き取りアンケート調査に関わったことがあるのですが、その結果を知ったとき暗澹とした気持ちになりました。あれだけの被害を出した公害の原点として、世界的にも一定認知されているにもかかわらず、その現地に居住していながら、市民全体の問題として解決をはかっていくというようなそういう意識はことさら無いんですね。明らかなのは、地域で起った問題に対して何らかの形で責任を負うという意識の全くの欠落、そして被害の声の黙殺、つまるところ問題解決いっさいの上へのまるなげでした。

 「水俣病になった人は宝くじに当たったようなもの」「チッソをもっといたわってほしい」れっきとした犯罪者を免罪して、まるで病気になったほうが悪いみたいなかんじです。すでに終わったことを蒸し返して、いい加減にしてほしいというのが一般的な論調だったのです。そして、イメージが悪いから水俣病という病名をとにかく変えてほしいという声も、依然としてかなり広く行きわたってました。

 結局のところ、水俣病にしたって、ハンセンの問題にしたって、世間の姿勢は断罪せらるべき上に怒りを向けることをせずに、下にさらなる抑圧をくわえて配乗しようとする方向に向かうというのが、両者に通底する共通項のようです。

 こうした現実を思うと本当に悲しくなります。

たいへん長くなりました。シンポジウムの感想としてはじめたものの、ほとんど差別についてしか書いていません。内容自体、当事者の方にとってかなり失礼で不快に感じさせるところもあったかと思いますし、今回できるかぎり差別の本質に近づこうとがんばりましたが、短絡や見当はずれを指摘されるところも多々あることでしょう。そもそも文章的に自然にうまく書けていないというのもあります。それでも、やっぱりこの現実をなんとかしたい、そのためには自分が変わらないといけないし、いまは理解できずにいる人たちにも変わってほしいという思いが前提にありました。終わります。
  


Posted by knakama │Comments(0)あれこれ

2009年04月15日

4年生になりました。

こんばんは、ひらくにです。
無事4年生になり、最近は学年はじめならではの
提出物等にばたばたと追われております。



L.A.M.Fさんも書かれていましたが、
私も4月4日のシンポジウムに参加してきました。

私も家に帰って報告書やシンポジウムの様子を思いながらいろいろと考えたのですが
やはりナカさんがコメントでおっしゃっているように啓発について
考えていく必要があるなと感じました。

書きたいことはたくさんあるのですがそこは先輩が書いてくださると思うので追々。。





今日はちょっと自分のことを書きたいと思います。



昨日、今日と卒業論文の題目の検討会がありました。

ハンセン病については1年生のときに興味を持ってから
「いつかこれをきちんとやりたいなあ」と
ずっと大切に思ってきたテーマだったので
卒論、これしかない!と思い、検討会で思いのたけをぶつけてきました。


自分の中でもうまくまとまらない部分だらけで
本当に聞き苦しかったとは思うのですが発表が終わった後にゼミのメンバーから

「ぜひ、そのテーマでやってほしいと思う。」

「もっと知っていきたい!」

「シンポジウムに一緒に行きたかった。」


と言われました。

以前からゼミの中でハンセン病問題に関する話はしていたのですが
みんなで勉強していこう!とも言ってもらえてとても嬉しかったです。



そこで自分はもっともっと勉強していかんとな!と気合も入りなおしました。。肯く


今日K教授にお知恵をかりにいったときにも言われましたがやるからには責任をもって!
これから1年、よいものができるようにがんばろうと思います。




ではでは。  


Posted by knakama │Comments(5)あれこれ

2009年04月14日

シンポジウムの感想①

L.A.M.Fです。4月4日、恵楓園にてひらかれた将来構想シンポジウムに参加しました。
じつは一緒に参加したひらくにさんに催促されて、今回ようやくそのときの感想を記事に書くことにしました。

感想といっても、シンポジウムの終りに女性の方の質問の内容が印象に残ったので、そのことについてなのですけれど、当日参加者に配布された資料の中に、この間行われた恵楓園と合志市の将来を考える市民意識調査をまとめた“新しい共生のまちへ”と題する報告書がありまして、質問というのはそれに関するものでした。

このようなアンケート形式の調査には、アンケートの最後にふつう自由回答欄が設けられているようですが、その報告書にも自由回答欄の記述がそのまま載せてありました。
前述の女性の方は、その記載にふれて「これを見るとまだまだ差別がいっぱいだ。こういうのをそのまま載せて一般の目にふれるようにするのは、むしろ差別を敷衍してしまうのではないか」というようなことを発言されたと記憶しています。

確かに、自由回答には匿名を良いことに、相変わらず好き放題書いてあるのもありました。しかし、私見では完全にハンセン病への理解を拒否するような頑迷さはそれほど見られず、元患者の方には申し訳ないけれど、なかなか長年のネガティブなイメージを払しょくできないというような意見が少なくないように見受けましたが、どうなのでしょう?

どうも長くなりそうなので、続きは近日中にえーっと…  


Posted by knakama │Comments(4)あれこれ